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―異空間を求めて― 京成東成田駅探検記

さて、先の成田空港での撮影(前記事参照)を終えた後、空港内で昼食をとりゆっくりしていたらお昼過ぎ。当初の予定では航空科学博物館へ行く予定でしたが少し時間が足りないということで、今回は予定を変更して京成の東成田駅の探検を行ってみようということにしました。

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まずは成田空港の第二ターミナルビルへ移動し、地下の空港第2ビル駅へ向かいます。ここから東成田駅へは連絡通路で繋がっています。「探検」はこの入り口を入るところからスタートします。

しかしこの入り口がなかなか見つからない。それもそのはず、この入り口は成田空港名物のセキュリティゲートの内側にあったために見つけられなかったのです。
あまりにもわからなかったために警備の警察官の方(これも成田空港名物)に聞いてみたら、セキュリティゲートを通らせてもらって入り口にたどり着きました。
このゲートの前は空港へ向かう人がたくさん歩いているのですが……、

IMG_4612_20120909215207.jpg

500mの通路の中に足を踏み入れると、ここが日本の国際空港の敷地内にある一般人立ち入りOKなエリアとは思えないような静寂な空間が広がっていました。足音が反響します。排水の音が響いてます。

正直言います、この時点ですでに薄気味悪いです。

途中高校生と思しき姿をした男の子とすれ違った以外は誰とも出会わず。

……正直、その高校生らしき人と出会った瞬間はビビりました(汗)

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通路は途中で折れ曲がった構造になってます。台車がよく通るのか床面は擦れてました。

IMG_4611.jpg

ある程度の広告は現在のものに交換(主に成田空港関連のポスター)されていましたが、一部には20年ほど前で時間が止まってしまったポスターも存在しました。絵柄と色あせ具合が時間の経過を物語っています。

この寂れた通路を歩いた先が、

IMG_4616.jpg

東成田駅の地下コンコースです。

この写真、人がいない時を狙って撮影したものではなく、「本当に人がいない」のです。
これだけ広いために人がいないと寂しいを通り越して恐怖心さえ湧いてきます。

ではなぜこの東成田駅はこれだけ広い設備を持ちながらこんなにも寂れているのか。

その理由は成田空港の歴史にあります。

1978年に成田空港(当時は新東京国際空港)が開港した際、空港の第一ターミナルの真下の地下スペースは当時の整備新幹線計画の中の計画線のひとつ「成田新幹線」(東京~千葉ニュータウン~成田空港)の駅として使用するということが国の決定としてあったため、同じく空港へのアクセス鉄道を計画していた京成電鉄は仕方なく現在の東成田駅を「成田空港駅」として開業し、特急スカイライナーなどで成田空港にやってきた乗客は連絡のリムジンバスを使って成田空港へ輸送するという形態を採っていました。

その後、「一等地」である第一ターミナル下(当時はまだ第二ターミナルはなかった)に乗り入れるはずだった成田新幹線は建設が計画されていた沿線からの反対運動によって計画が進まず工事が中断。その後国鉄民営化に伴い計画が消滅してしまいました(建設は全く進んでいなかったわけではなく、成田駅から北に約2km離れた地点では高架の建設が一部行われ、JR線などの乗り入れや成田スカイアクセスに活用された)

その後、計画消滅によって宙に浮いた地下スペースを活用する形で京成とJRが乗り入れをすることになり、1991年に現在の位置へ成田空港駅が移転しました。
旧成田空港駅となったこの駅は廃止にはならず(近くの空港関連施設への通勤客が利用するため)「東成田駅」と名称が変わり、それまで京成本線の終着駅だった路線も現在の成田空港駅へ向かう線路が本線となったために支線の「東成田線」として運行されることになったのです。

ただ、本線としての名残は現在もあります。東成田線と本線は途中の駒井野信号場で分岐しますが、現在の本線である成田空港駅へ向かう線路のほうが曲線側になっているあたりが、支線のほうが元は本線だったという証でもあるわけです。

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さて、この駅の経緯を説明したところで駅の探検に戻りましょう。

コンコースにはこのような壁画も飾られています。その名も「曲水の宴」
今となっては寂しさを演出するひとつになってしまっているのがなんとも切ないところですが……。

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現在東成田駅は旧成田空港駅時代よりも使用する面積を減らして使われています(エスカレーターも停止されている) その「閉鎖区画」の中をカメラで撮影したものがこちら。

当時は特急「スカイライナー」の専用改札があったエリアですが、こちらも20年前に閉鎖されてからほとんどといっていいほど手をつけた痕跡が見られません。本当にそのままになっているようです。

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こちらは以前はコーヒーショップ(と思われる)だったお店の跡です。こちらも壁と金網で「封印」されてしまっています。以前はここも空港から旅立つ人なんかが利用していたんでしょうね……。無造作に置かれた椅子が寂しさを増幅させます。

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ここで一旦地上に出てみます。ここは空港敷地内にあるため、空港を出ると施設か道路か検問所があります。
空港施設へと繋がっている(今も使用されているのかは不明)入り口には今でも「新東京国際空港」の文字が残っています。
やはりここだけ時間に取り残されたような感じです。

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さて、この後は一旦芝山鉄道の芝山千代田駅へ向かうべく改札内へと入ります。
先ほど紹介したスカイライナー専用改札から繋がるスカイライナー用ホームは現在は閉鎖されて使われていません。駅名版もそのまま「なりたくうこう」のまま残っています。線路のほうは留置線として使用されているようです。

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というわけで、まるで時間から取り残されたかのような駅・東成田駅を探検してみました。

正直に言います。予想以上に「怖い」です。
朝夕は空港へ通勤する人がいるので人がいる時間帯もあるのですが、それ以外の時間帯はずーっとこんな感じです。
今回は後輩とふたりでしたが正直先輩としてこんなこと言うのもアレですがひとりで来なくてよかったです(滝汗)

ホームには警備の警察官の人がいてくれてホッと一安心でした。

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そして日本一短い私鉄・芝山鉄道をもう一度(すでに3月に走破済み)してそのあと折り返して京成成田駅まで向かったのですがそのときに乗車したのがこの3600形。

8両編成に組み換えの際に余剰となった先頭車をかき集めて、通常の3600形では採用されていないVVVFインバーター制御の制御システムを積んで編成にしたものです。全車にモーターが積まれていることからパワーが強く、たまに京浜急行線沿線にある総合車両製作所(旧・東急車輛)からの京成向けなどの新車の回送の際に牽引車両として使われています。そんなところからついたニックネームは「ターボ君」

この車内に入ってちょっと気持ちを落ち着けて、後輩と一緒に帰路に就いたのでした。
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